THINKING FOOTBALL
佐藤俊太郎のコラム
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第1回 ジーコとトルシエ/「個」と「組織」
本代表が苦しんでいる。 ワールドカップ(以下WC)アジア地区一次予選が始まり、日本は2連勝というスタートを切ったが、どちらも内容的には納得のいくものではなかった。 世間によるジーコ解任の声がそれを物語っている。 サポーターの間では、果たしてジーコでWCを戦えるのか?という不安が募る一方。

2002年7月に、前監督であるトルシエ以上の結果を求められる中、その適任者としてJFA(日本サッカー協会)はジーコを抜擢した。 偉大なる「神」の就任には、期待と同時に、監督経験がないことが不安視された。 このときジーコは、「自由」というキーワードを示した。これはトルシエとは正反対といっていいだろう。

トルシエ監督時代はフラット3やウェーブの動きなど、攻守にわたってベースとなるコンセプトがはっきりと表れていた。 しかし、今のフル代表はトルシエのときと違って明確な戦術がないように感じる。 ジーコはこのことを、「個人」を活かして選手に自由を与えていると明言しているが、残念ながらそれが今のところあまり良い結果に結びついていない。 もちろん「自由」と言っても、選手に全て任せて、勝手にプレーさせているというわけではない。 しかし、攻撃のパターンがいくつかあっても良いのではないだろうか?

組織プレーに関してはレベルが高い。 それが日本代表、いや、日本という国の特徴なのだ。 トルシエがWCを始め、アジアカップやワールドユースでも結果を残せたことがそれを証明している。 確かに、中田英寿、小野伸二など、タレントは揃っていたが、彼らだけの力であれほどの結果を残せたかどうかは疑問が残る。要するに、たとえ良い選手が揃っていても、選手間や監督との間で意思の疎通がなされていなければ、勝つことは難しくなるということなのだ。

日本を率いた外国人指揮官はデットマール・クラマー(コーチ)に始まり、オフト、トルシエと欧州の人物が続いてきた。 だが、ファルカンのときはあっさりと更迭している。 これは日本人には南米のスタイルは適していないことを示すように思える。 しかし、WCで5度の優勝を経験しているブラジルからの指揮官が、この現状を変えてくれることを願いたい。

日本は「組織」という殻を破り、個人の良さを引き出さなければ、WCベスト16以上の結果は望めないだろう。 しかし、逆に言えばジーコの意図していることが出来れば、とんでもない豹変をするかもしれない。少なくともそのポテンシャルはあると確信している。 「個」と「組織」の両立がなされたとき、このチームはWCの優勝トロフィーへ大きく近づくはずだ。

2004.4.8 佐藤俊太郎

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